ウォーキング 砲弾打込杉

旅 日光杉並木物語

もう一つの日光の旅◇ウォーキングin日光★歩きませんか日光路◇

杉並木物語  今市市教育委員会発行「杉並木物語」より

世界遺産の町・日光の旅は旧今市市にある杉並木街道 杉並木は300年に
わたって守られてきたその杉並木にまつわる「杉並木物語」の紹介。
日光杉並木公園とその周辺の
日帰りの
ウォーキング
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「ウォーキングin日光★歩きませんか日光路★」杉並木公園とその周辺杉並木物語砲弾打込杉
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砲弾打込杉
戊申役のとき、日光・会津への交通の要衝今市宿をめぐる官幕両軍の激しい攻防戦が展開された。慶応四年一一八六八)四月二十九日、今市宿を襲った幕軍は官軍の反撃にあい後退、北村砲隊を先陣とする官軍の追撃をうけ、瀬川十文字地内で戦う。官軍の放った砲弾が並木杉を貫き痕をとどめるもので、付近には砲弾打抜き・止まり杉がある。

十文字の幕府軍障地助

野口・瀬川境いの街道を北瀬川と和泉に入る細い小径が交差するので地名となった十文字。戊申役のとき、ここの突出したカーブ土手上に旧幕府大鳥圭介軍が塁陣を設け防備につとめた。しかし、北村長兵衛の率いる十一番砲隊をはじめとする官軍数隊の猛攻にあ
い、砲火をおさめて日光山に退去した。いまも並木越しにみる直道付近は日光攻防をめぐり、激しく戦ったありし日をほうふつとうかがわせる。
砲火をおさめた翌日、官軍の将・谷干城は従卒と共に瀬川村方面の地形偵察におもむく途中、従者五・六名を随う赤衣をまとった僧二人が扇を掲げて谷監軍を招き、会見を申し入れたギ城がこれに応ずると、両僧は「日光山の僧、安居院慈立・桜本院道純であるが、幕府軍は既に日光を立ち退いており、日光は険難の地ゆえ、もしここで戦えば多くの犠牲者を出し、神廟東照宮も焼け失せることであろう
から、しばらく戦いを止められるように」日光山の運命を一身に負い、誠を尽くして嘆願した。千城がこれを了解し、本陣に帰り議することの約したので両僧は喜び帰山した。官軍の総督板垣退助の大きな決断によりはからいで、日光は戦火から免れることが出来た。一命をかけた劇的な会見もこの付近で行われていた。
東武上今市駅より250m 徒歩15分

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