ウォーキング 日光を歩く(憾満のみち)

旅 もうひとつの日光(史跡探訪路)

ウォーキングin日光◇歩きませんか日光路

「随想社発行・日光ボランティア編」の”もうひとつの日光を歩く”
にて紹介されている「・・みち」を歩いたレポートです。

歴史と世界遺産の街・日光の隠れた史跡を訪た。ウォーキングのご案内。

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 日光史跡探訪路  憾満のみち
日光史跡探訪路
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浄光寺へのみち
憾満のみち
・全工程0.7km
・歩行時間 30分   
・花暦 5 月 ヤマブキ 
70向川原町の地蔵菩薩
71ストーンパーク
72大正天皇御製歌碑
73慈雲寺
74並び地蔵
75憾満ガ淵
76霊庇閣
77弘法の投筆
78湯沢素光と上領玄碩墓碑
79山順地蔵
80輪王寺一山墓地
アカシアの咲くみち
芭蕉のみち
せせらぎのみち
西町・慈眼堂の道
外山のみち
霧降の道
日光ツーデーウォーク
日光観光協会

神橋から含満大谷橋

 神橋の交差点から左折して奥日光方面に進むと、右側が日光二社一寺の山内、右側が奥日光中禅寺湖から流れる大谷川、対岸には金谷ホテルがある。国道はここから120号線となる。大きく右にカーブすると、間もなく小さなY交差点を大谷川に沿って進むと「千姫物語」裏側辺りから更に川沿えの方向(市内匠町)に。やく200mも進むと
大谷川を渡る
含満(憾満でなくて含満なのだ?)大谷橋。この辺りは、浄光寺と同じ匠町、東照宮建立時は大工さんや彫氏などで栄えたと言われている。間もなく右手に外人さんが多いと言われる、ペンションほとり庵

並び地蔵へ

 自動車はここまで、駐車場とトイレがある。 駐車場の右手に参道に続く道と、鳴虫山登山道入り口の分岐点。 その真ん中に庚申塚と「70向川原町の地蔵菩薩があるが見逃しさないように注意。なおその裏側の鳴虫山登山道に茶屋があるが季節営業らしい、私も食事にありついたのは一回しかありません。
 両側に山桜並木の
慈雲寺参道がまっすぐに延びている。5月の連休が過ぎると満開の八重咲きの桜並木が見事です。右側が児童公園になっている、その先に
71ストーンパーク」?「洪水で大きな石が流れたのだろう・・・・?」と考えそうだが、その昔は門前町・向川原町だったらしい、明治の大洪水でながされ昭和46年に整備されたらしい・・・・・確かに・・・ストーンパークという名は新しい?・・・・のだ
山門近くに「一隅を照らす」と書かれた塔?がある。意味不明なのでインターネットで調べてみた・・・・らとある。・・・・・・?マァいいか〜
 慈雲寺山門の手間・右側に「
72大正天皇御製歌碑 があります。大正天皇はこよなく日光を愛されて、毎年のごとく避暑に訪れていたと言う。 確かにあの時代にエアコンなど無かっただろうから、日光は涼しかったのだろう。
 [奥日光の天気][
避暑地として中禅寺湖]をご参照あれ。

 山門をくぐると、そこは別世界の雰囲気となる。[73慈雲寺] 行ったことは無いが霊界に入り込んだ厳かな世界となる。承応三年淵を開いた晃海大僧正が創建し、阿弥陀如来と、師の慈眼大師天海を祀った、とされる。当時の建物は明治35年(1902)九月の大洪水で流失。慈雲寺は明治に入り廃絶していたが、この水害により、さらに荒廃は進んだ。現在の本堂は昭和48年、復元されたもの。

憾満ガ淵へ
 大谷川に向かい合うようにズラーっと赤い前掛けをした地蔵さんが並ぶ。 [74並び地蔵 ]明治の大洪水でだいぶ流失したらしいが、現在は74体が残っている。一つとして同じ顔は無い「別名・化け地蔵」という。 行きと帰りの数が合わないからと言われている。
 慈雲寺から対岸の日光植物園の大谷川を
[75憾満ガ淵]と言う景勝地。荒々しい岸壁の中を激しく白いしぶきを巻き上げて流れてゆく様は多分今も昔も変わらないのであろう。松尾芭蕉も「奥の細道」の道中の途中たちよったとされる。「含満」と書くこともあるが「かんまん」が正しいのだろう。ボーッとした墨絵を思わせるような早春、春から夏は様々な花も咲く、秋の紅葉もまた素晴らしい。何時来ても裏切ることの無い日光の自然がある。
 憾満ガ淵の岩盤のほとりに
[76霊庇閣]ある。現在は休息所になっているが、その昔は対岸にあったとされる不動明王の石造に向かって護摩供養を行った亭らしい。
 その対岸に[77弘法の投筆]といわれる?がある。・・・と言われて見ないと分からないが確かに何かが描かれている「カンマン」と書かれているそうである。
輪王寺一山墓地
 憾満のみちの史跡探訪も最終に近づいてきました。 77弘法の投筆の大梵字を見つめるように 「並び地蔵」の中ごろにひときは大きい石像がある、憾満大梵字を書いたと言われる山順僧正の地蔵尊といわれる[79山順地蔵]である。
 
地蔵さんも終わって小さな沢が大谷川に流れ込む山側に見落としそうな小さな古い句碑がある[78湯沢素光と上領玄碩墓碑] 。[79山順地蔵]から崖上に通じる石段がある上りきると輪王寺歴代門主の墓が[80輪王寺一山墓地]がある。南側には「鳴虫山」北側には「憾満ガ淵へ」を望む老杉に囲まれた静寂な墓地である。
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